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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)5662号 判決 1963年3月26日

原告 北村一雄

被告 国 外一名

訴訟代理人 水野祐一 外一名

主文

原告の請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

(被告国に対する請求について)

一、原告が私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の事件につき、嫌疑を受け、昭和二七年三月一日大阪地方裁判所裁判官笠松義資の発付した逮捕状により逮捕され、同月三日同裁判所裁判官畠山成伸は原告に対し、勾留状を発付し、同日右勾留状は執行され、同月一二日原告は身柄拘束のまま大阪地方検察庁検察官より前記罪名で同裁判所に起訴され、同月二〇日保釈により釈放されたことは当事者間に争がない。

二、そこで先づ原告の本件逮捕状の請求及び発付当時原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなかつた旨の主張について判断する。

刑訴法一九九条一項は「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるときは、裁判官のあらかじめ発する逮捕状によりこれを逮捕することができる。<但書省略>」と規定しているところ、右「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるとき」とは、もとより捜査機関の主観的な判断では足らず、その者が罪を犯したことを疑うにつき客観的妥当性をもつ合理的な理由が要求されるこというまでもないが、他面被疑者の逮捕は犯罪捜査の段階においてなされるのであるから、逮捕に際しては、裁判所が有罪判決をする場合に要求されるような犯罪事実の存在を確信するに足る証拠の存在を必要としないことも多言を要しないところである。また「被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があることは、逮捕の要件であると共に逮捕状の請求及びその発付の要件でもあるところ、捜査機関が或者に対する逮捕状を請求するに際し、その者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があつたか否かは、捜査機関がその当時蒐集して得た全資料に基いて判断すべきものであり、また裁判官が或者に対し、逮捕状を発付するに際し、右の理由があつたか否かは逮捕状請求書に添付された資料に基いて判断すべきものである。

ところで、各成立に争のない甲第一号証、同第二号証、乙第一号証の一、二、同第三号証の一、二、に証人渋谷竜雄の証言を総合すると、昭和二五年六月頃訴外村岡元衛は原告及び訴外北村ソノの両名を被告訴人として大阪地方検察庁検事正に対し、告訴をしたが、その内容は、昭和二四年五月一四日訴外村岡が訴外北村ソノより大阪市生野区東桃谷町一丁目九八番地の二地上家屋番号同町第二二番木造瓦葺二階建住宅一棟建坪三一坪八合五勺を買受けて手附金一二〇、〇〇〇円を支払つたが、同人は約定の期日(昭和二四年七月三〇日)が来ても、所有権移転登記の履行に応じないのみか、却つて贈与名義を以つて同年九月二九日原告に訴有権移転登記を了し、その結果右売買契約の目的は達成不能となつた。これは訴外北村ソノと原告が当初から告訴人より手付金名下に金員を詐取しようとしたものと思料されるから、右両名を厳重処分されたいということであつた。大阪地方検察庁においては、直告係(当時の主任は本井検事)副検事渋谷竜雄がこの告訴事件の捜査を担当し、昭和二七年二月二七日取調べた訴外北村ソノ及び同村岡小三郎の各供述(前顕乙第三号証の一、二)、生野区役所の印鑑台帳並びに不動産登記簿の記載から、原告が訴外北村ソノに無断で生野区役所で同人の実印を改印し、更に同人から前記住宅の贈与を受けた旨の不動産贈与証書を壇に作成した上、同偽造私文書に基づき大阪法務局係員に対し虚偽の所有権移転登記申請をなしたものと判断し、原告に対し、私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の嫌疑をかけるに至り、昭和二七年三月一日大阪地方検察庁検事本井吉雄が大阪地方裁判所裁判官に対し、被疑事実の要旨を「被疑者(原告を指す。)は第一、行使の目的で昭和二四年九月二四日頃大阪市生野区東桃谷町一丁目九八番地の自宅で真実贈与の事実がないのに壇に北村ソノの署名捺印を冒用し、同人作成名義の同人所有大阪市生野区東桃谷町一丁目九八番地の二地上木造瓦葺二階建居宅一棟を被疑者に贈与する旨を内容とする不動産贈与証一通を偽造し、第二、同年同月二九日頃大阪市若松町大阪法務局に於て登記係員に対し右偽造証書を真正なもののように装つて提出行使した上、同日同所に於て右係員に対し贈与により前記建物が被疑者の所有に属した旨虚偽の申立をなし、右係員をして不動産登記簿に北村ソノ所有前記建物が贈与により被疑者に移転した旨の不実の記載をなさしめたものである」として、原告に対する逮捕状の請求をなしたこと、その際、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由の疎明資料として北村ソノの副検事渋谷竜雄に対する第一回供述調書(乙第三号証の一)、及び村岡小三郎の同副検事に対する第一回供述調書(同第三号証の二)を添附したこと、右請求を受けた大阪地方裁判所裁判官笠松義資は、前記添附資料を検討した結果、原告が私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があるものと判断して被疑事実の要旨を前記同様とする原告に対する逮捕状(乙第一号証の二)を発付したことが認められ、以上の認定を左右する証拠はない。

而して右認定にかかる本件逮捕状の請求及びその発付までの経緯並びにこれを認めた前掲各証拠、就中前顕乙第三号証の一、二の記載内容を仔細に検討すると、原告に対する本件逮捕状の請求及びその発付がなされた昭和二七年三月一日当時において、原告が私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由即ち客観的にも一応首肯し得られる合理的な理由があつたことが肯認出来る。してみると、本件逮捕状の請求及び発付に関与した前記検察官及び裁判官の下した右相当な理由を肯定した判断に故意又は過失があつたとみることはできない。従つて原告の前記主張は理由がない。

三、次に原告の「逮捕状に刑訴規則一四四条所定の請求者の官公職氏名の記載が不充分であるから、本件逮捕状は違法である」旨の主張に対し、判断する。

本件逮捕状(乙第一号証の二)に請求者として「本井検事」とのみ記載されていることは当事者間に争いがない。そして刑訴法二〇〇条一項は「逮捕状には被疑者の氏名及び住居罪名、被疑事実の要旨、引致すべき官公署その他の場所有効期間及びその期間経過後は逮捕をすることができず、令状はこれを返還しなければならない旨並びに発付の年月日その他裁判所の規則で定める事項を記載し、裁判官がこれに記名押印しなければならない」と定め、刑訴規則一四四条において「逮捕状には、請求者の官公職氏名をも記載しなければならない」旨定めている。同規則が右のとおり規定した趣旨は、刑訴法一九九条二項において、逮捕状の請求権者が「検察官又は司法警察員」と限定して定められているところから、当該逮捕状が果して右資格を有する請求権者の請求によつて発付されたか否か即ち請求者が検察官か、或は司法警察職員中の司法警察員か(司法巡査には請求権がないのである。)を明らかにして人権の保障に全きを期するにあるものと解されるところ、本件逮捕状には前記のとおり請求者として「本井検事」とのみ記載されているのであるから、同規則に定める必要的記載事項を完全に充足していないこと明らかであるが、請求者の官公職氏名が全く不明確である場合と異なり、前記法の趣旨に基く基本的要請は充足されていると認められるので、かかる程度の瑕疵では、未だ本件逮捕状そのものを違法ならしめるものと解することは出来ない。従つて原告の右主張は採用し難い。

四、原告は、本件逮捕状および勾留状が発付した裁判官自身によつて作成されていないから、違法であると主張するので、この点について判断する。

刑訴規則五四条において「裁判書は裁判官がこれを作らなければならない」旨規定されていることから明らかなごとく、裁判書の作成は裁判官の職務権限に属する事項である。しかし、そのことは、裁判書が裁判官の完全な責任のもとに作成されるべきこと裁判所の内容および形式のすべてにわたり、裁判官が最終的な法律上の責任を負うことを意味するにすぎず、裁判書の書面そのものを裁判官みずから筆をとつて書き下さなければならないことを意味するものでないことは明らかである。裁判官が、その内容を確認して署名押印すべき材料としての書面(裁判書原本の材料たる書面)が、いかなる経過で、何びとの行為により浄書調製されたかということは問題ではないのである。要するに裁判書の浄書そのものは必ずしも裁判官みずからすることを要する事項ではなく、裁判官が他の職員に命じて草稿を示し、或は原則として定型的に処理すべき種類の裁判(本件の逮捕状や勾留状の発付はそれに該当する。)については全然草稿を作成することなく、文例等に従つて、記録等の関係部分を引用抜すいすべき旨指示することによつて、裁判書をタイプライターその他の手段を使用して浄書、調製させたとしても、裁判官みずから裁判書の内容の決定をすべきであるという前記法理に反するものではないのである。従つて本件逮捕状及び勾留状の各裁判官の署名押印部分以外の記載が原告主張のごとく発付裁判官以外の何びとによつてなされたとしても、それを目して刑訴規則五四条の規定を潜脱違反するものではないから、この点に関する原告の主張は、それ自体失当である。

五、原告は、本件勾留状の請求及び発付当時原告が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなかつた旨主張するので、この点につき判断する。

被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がなければ勾留することができないことは、被疑者の勾留に準用される刑訴法六〇条に照らし、明らかである。そしてここに「罪」とは勾留請求書に被疑事実として記載されている犯罪を指すのである。右相当な理由とは、単なる嫌疑では不充分で、通常人の合理的判断において嫌疑を肯定できる理由、換言すれば有罪の相当な蓋然性をもつ具体的な嫌疑を意味する。実際上被疑者の勾留は逮捕状の発付の時に比較すれば、多少捜査が進行しているものの、やはり通常捜査の比較的初期に実施され、必ずしも充分な証拠は具備していないが、裁判官は右相当な嫌疑があるかどうかをすべての疎明資料と被疑者の被疑事件に対する陳述などを総合して、合理的裁量にしたがつて判断すべきものである。

先づ成立に争いのない乙第二号証の二によれば、本件勾留請求の被疑事実は逮捕状請求書(乙第一号証の一)記載の被疑事実であるから、それは既に前記二において記載したところである。

そして、証人渋谷竜雄の証言によると、大阪地方検察庁検事本井吉雄名義による勾留請求に際し、逮捕状請求書に添付した資料全部と、逮捕後勾留請求時迄右渋谷において調査した資料を疎明資料として提出したこと、右疎明資料の一部である前顕乙第三号証の一、二、を検討すると、原告が前記被疑事実の罪即ち私文書偽造、同行使、公正証書原本不実記載の罪を犯したことを一応疑いうること(この点は既に前記一で説示したところである。)、成立に争いのない乙第二号証の三によれば、原告はいわゆる勾留尋問手続において裁判官畠山成伸に対し、「事実はその通りですが、この事は母親ソノと話合えば了解つくことと思います」旨陳述し、これによると前記被疑事実を一応自認していることが認められること以上の諸点を総合すると、本件勾留状の請求及び発付に関与した検察官及び裁判官畠山成伸には前記相当な理由を肯定した判断に故意又は過失があつたとみることはできない。従つて原告の右主張は採用し難い。

六、原告の本件勾留状はいわゆる勾留尋問手続を履践しないで発付された旨の主張及び原告には刑訴法六〇条一項二号にいわゆる「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」がないにもかかわらず発付された旨の主張につき判断する前顕乙第二号証の三によれば、昭和二七年三月三日大阪地方裁判所において裁判官畠山成伸は裁判所書記官補南沢純三の立会の下に、刑訴法六一条にいわゆる勾留尋問手続を実施していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。従つて原告の前段の主張は理由がない。

次に被疑者の勾留に準用される刑訴法六〇条一項に規定してあるいわゆる勾留の必要事由の一である同項二号の「罪証隠滅の相当の理由」とは罪証隠滅の抽象的な可能性では足らず、具体的な蓋然性が必要である。ところで、罪証隠滅のおそれは、通常捜査および審理の進展とともに漸次減少する。しかし犯行が明らかにされた後、又は証拠が収集された後においても、換言すれば捜査が一応終了したからといつて、常に罪証隠滅のおそれがなくなるわけではない。参考人について検察官調書ができている場合でも、被疑者が参考人に影響を及ぼしうる立場にあつて、公判の際、参考人の証言を不当に歪曲させるおそれがあるかぎり、直接証拠主義の建前からいつて、罪証隠滅のおそれがないとは即断出来ないからである。これを本件につき考察すると、本件勾留状発付当時、参考人北村ソノ、同村岡小三郎の各検察官調書(乙第三号証の一、二)が作成されていたこと、いわゆる勾留尋問に際し、原告は被疑事実を一応自認していたことは既に認定したところであるが、他面本件被疑事実の内容が原告において同居の継母北村ソノの所有現住不動産を自己所有名義にするため、同女から原告宛の不動産贈与証書を作成偽造し、これを法務局に提出し、不動産登記簿原本に不実記載したという近親間の犯行であり、且つ前記告訴の経緯から明らかなとおり右不動産については、右北村ソノからこれを買受けたという人も存し、不動産取引の安全を害する虞れのある犯行であること(被疑事件の罪質及び態様)従つて、原告は買受人のためその居住の根拠を喪うことをおそれ、右北村ソノに追認を得ようと働きかけろ可能性があることも推認されること(この点は前記乙第二号証の三に原告の陳述として「事実はその通りですが、この事は母親ソノと話合えば、了解つくと思つています」と述べている点からも窺知される。)前顕乙第三号証の一によると、本件以前にも、原告は右北村ソノに無断で本件家屋を以つて抵当物件に供している事実が認められること以上の各事実を総合すると、当時原告が罪証隠滅を企図することを推測せしめる状況が存在していたと認めうるから、本件勾留状を発付した裁判官畠山成伸が勾留の必要性を肯定した判断には、故意又は過失があつたとみることはできない。従つて原告の前記主張は理由がない。

七、原告は、本件勾留状には勾留の理由として単に刑訴六〇条一項二号とのみ記載されているが、これだけでは、いかなる点を以つて罪証隠滅の虞れがあるとするのか詳細は不明であるから、本件勾留状は違法である旨主張するので、この点につき判断する。

成立に争いのない乙第二号証の四によれば、本件勾留状には刑訴六〇条一項各号に定める事由として単に「第二号」とのみ記載されているにとどまり、それ以上詳細な説明が記載されていないことが認められる。ところで、刑訴規則七〇条には勾留状には法第六〇条に規定する事項の外、法第六〇条第一項各号に定める事由を記載しなければならない」旨規定されているが、法六〇条一項各号にあたる事由を認める根拠までも記載することを要請されていないことは同規則の文言に徴し明らかである。従つて原告の前記主張は採用し難い。

八、原告は、本件勾留状の有効期間は昭和二七年三月一〇日迄であつたから、同日迄に公訴を提起するか、さもなければ一旦勾留期間の延長を請求すべきであつたにもかかわらず、右勾留期限を徒過した同月一二日に至つて漸く原告を大阪地方裁判所に起訴したものである。従つて同月一一日以降同月二〇日迄は、令状無しに違法に原告を勾留した旨主張するので、この点につき判断する。

本件勾留状の有効期間が昭和二七年三月一〇月までであつたことは当事者間に争いがない。

ところで、刑訴法六四条にいわゆる勾留状に記載すべき有効期間とは、その勾留状の執行に着手するのは、右期間内に限るとする趣旨で、勾留状に基き被疑者を留置し得る期間(勾留の期間)を意味するものでないことは同条の文言に徴し明らかである。勾留の期間は、刑訴法二〇八条において、原則として勾留を請求した日から一〇日と規定されている。本件についてこれをみると、本件勾留請求の日が昭和二七年三月三旧で、同日より一〇日目の同月一二日に本件公訴が提起されたことは当事者間に争いがないから、勾留の期間の点に関しては、何等違法はない。よつて原告の前記主張は理由がない。

九、原告は、刑訴規則八〇条一項によると、「検察官は裁判長の同意を得て、勾留されている被告人を他の監獄に移すことが、できる。」旨規定されているところ、検察官は裁判長の同意を得ないで、原告を昭和二七年三月三日天満警察署より大阪拘置所へ移監した。従つて原告に対する勾留は違法である旨主張するので、この点につき判断する。

起訴前の勾留の場合の被疑者の移監についても、刑訴法二〇七条一項及び刑訴規則三〇二条一項により、同規則八〇条が準用され、裁判官の同意を要することは明らかである。これは勾留場所の変更は、被疑者の防禦権の行使、弁護人らとの接見交通、その他の利害を伴うものであり、他面勾留は裁判官の裁判であり、勾留場所の指定もその裁判の一つの要素であるから、被疑者の場合においても、検察官が自らこれを変更することはできないため規定されたものと解される。

しかしながら、本件において、前記原告主張の事実について、これを認むべき証拠がないから、原告の主張は採用し難い。

一〇、原告の副検事渋谷竜雄は、本件逮捕状及び勾留状がいずれも違法であることを充分に知りながら、発付した裁判官をして右違法の瑕疵を補正せしめる何らの措置をとることなく、そのまま看過してその執行をし、原告を昭和二七年三月一日から同月二〇日迄二〇日間違法に拘禁しながら、他方検察官の地位を悪用して不法且つ偏頗な捜査をした旨主張するので、この点につき判断する。

本件逮捕状及び勾留状がいずれも適法であることは既に認定したところにより明らかであり、前記副検事渋谷が検察官の地位を悪用して不法且つ偏頗な捜査をした事実は、これを認めるに足りる的確な証拠がないので、原告の右主張は採用できない。

一一、以上説明したように、原告に対し、私文書偽造、同行使公正証書原本不実記載の罪の嫌疑を以つて昭和二七年三月一日大阪地方裁判所裁判官笠松義資の発付した逮捕状により逮捕し、引き続き同月三日同裁判所裁判官畠山成伸の発付した勾留状により勾留したことにつき、違法の点はなく被告国の公務員であつた検察官及び裁判官らにその執行上故意又は過失があつた事実はこれを認めることはできない。してみると、国家賠償法の規定に基き被告国に対し、損害賠償を求める原告の請求は、その余の点に対する判断をなすまでもなく失当であつて、排斥を免れない。

(被告松田達三に対する請求について)

一、先づ原告は、被告松田作成の昭和三三年一一月二二日附答弁書は、(一)その宛名が、同裁判所でなく、同裁判所の書記官補神内正恭となつていること、(二)民事訴訟用印紙法一〇条所定の収入印紙一〇円が貼用せられていないこと。以上二点の理由により、無効であるから、同裁判所の第一回口頭弁論期日(昭和三三年一一月二八日)に該答弁書に基く陳述があつたとみることは出来ない旨主張するので、この点につき判断する。

右答弁書の宛名が生野簡易裁判所となつて居らず、同裁判所神内正恭となつていることは、本件記録上明らかであるが、同答弁書の記載内容を仔細に検討すると、それは、被告松田から同裁判所神内正恭に対する単なる私信的書面でなく、訴状に基く原告の申立に対し、その排斥を求める理由を記載した書面であること明らかで、被告松田は右趣旨で右答弁書を前記口頭弁論期日に陳述したものと認められるから、ただ単にその宛名の記載が裁判所となつていないというそれだけの理由で、右答弁書を無効と解すべき理由はない。

次に同答弁書に収入印紙一〇円が貼用されていないことは本件記録上明らかであり、民事訴訟用印紙法一〇条によれば、訴訟物の価額一〇〇、〇〇〇円以下の場合には、答弁書には一〇円の印紙を貼用すべきこと、同法一一条によれば、印紙を貼用しない民事訴訟の書類は、その効力がないこと、明らかに規定されている。しかしながら、本件答弁書には、原告の請求の趣旨に対する答弁が記載されていないので、その実質は普通の準備書面であるとみるのが相当である。従つて同裁判所の第一回口頭弁論期日において、右答弁書に基く陳述は有効になされたものと認めるべきである。以上により、原告の前記主張は採用し難い。

二、原告が所有権に基き被告松田に引渡を求める別紙物件目録記載の一ないし三の物件が原告の所有に属するか否かの点は暫く措き、被告松田は右物件はいずれも未だ検察庁より還付を受けていないので、その占有に属していないと抗争するので、先づ右物件が原告主張のとおり被告松田の占有しているものかどうかにつき判断する。

原告本人尋問の結果中には、右原告の主張に副うような部分もあるが、これは証人松田和子の証言と対比してたやすく信用し難く、他に被告松田が前記物件を占有しているとの原告主張事実を肯認するに足る的確な証拠は存しないので、右物件三点の引渡を求める原告の請求は既にこの点において失当である。次に被告松田において、同目録記載の四の物件を占有していることは同被告において争つた事跡は認められず、且つ弁論の全趣旨によつても争つていることは認められないから同被告において明らかに争わず、これを自白したものとみなされる。

被告松田は、右物件は亡北村ソノの所有に属し、原告の所有に属しないから、その引渡請求には応じられない旨抗争するところ、証人北村愛子の証言及び原告本人尋問の結果中原告の主張に符合する部分は、証人松田和子の証言及び弁論の全趣旨と対照して、容易に信用し難く、他に右物件が原告の所有に属するとの原告主張事実を認めるに足る証拠はないので、所有権に基いて右物件の引渡を求める原告の請求は失当である。

(結論)

以上のとおりであるから、原告の被告国及び被告松田に対する各請求は、いずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助 木村幸男 元吉麗子)

物件目録<省略>

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